市民後見人としての活動記録 ― 1枚の名刺
※内容は、令和5年9月活動記録作成当時のものです。
受任期間 : 平成29年10月~平成30年2月(4か月)
本人について
氏名 : S・Tさん(男性、受任時89歳)
居所 : 有料老人ホーム(尾張旭市)
既往歴 : 認知症、要介護2
〇登記事項証明書
登記事項証明申請書を東京法務局に送付して2週間後に、東京法務局後見課に送付状況を確認する。ドキドキしながらの法務局への確認電話だったが、無事手元に届いた。
〇管理物件預り
施設から管理物件を引き継ぐ。銀行通帳とキャッシュカード、各種カード、各種通知書(年金、税金、後期高齢者医療、介護保険、マイナンバー)など。その中に何故か『お寺の名刺』が入っていた。年金事務所からの扶養親族等申告書もあったので、「扶養親族なし」にて返信した。
〇後見届出
各機関に後見届出を提出した。説明しやすい順をシミュレーションしてからの行動だった。
まず郵便局への転居届⇒大手銀行への後見届出⇒地銀への後見届出⇒年金事務所への後見人登録。最後に市役所(長寿課⇒保険課⇒税務課)の順で回った。地域包括支援センターにも挨拶をする。
企業年金にも加入しているので、忘れずに挨拶をした。
〇昔の話
田舎育ちで、川でハゼ釣り、山で自然薯・キノコ・たけのこ採りをやっていた。
〇施設での生活
転居したばかりの施設だったが、入居者と談笑してくつろいでいた。食事も十分に摂れ、市長申立ての案件だったが、良いタイミングでの対応だと思った。
〇子供達との繋がり
子供は3人いるが、就任挨拶を兼ね今後のお付き合いに関し打診するも、“今後、いっさい関わりたくない”との返答。遺産も全員放棄の意向。
〇職歴
職歴に関しては、本人の記憶とともに、年金事務所の職歴一覧で確認したところ、陶器の窯の火を調整する仕事から始まり、表面処理化学メーカーにて退職した。
高い技術力を伴う仕事であることを、楽しそうに説明してくれた。難しくてわからなかったけれども、こちらも楽しくなった場面だった。
〇医療
施設の訪問医が過剰医療の痛み止め注射、湿布を調整し、医療費の低減ができた。
〇エンディングノート作成の着手
延命治療、お墓、遺産、親族への思いなどを、急がずゆっくりと聞きながら作成していった。
〇妹さん
瀬戸の小学校の第1期生で、元妻とは同級生だった。元妻とは婿入りで家業を継いだ。話の中で、妹さんが“何とかしてくれると嬉しい”と漏らしていた。
〇お兄さん
甲種合格で出兵し、満州に行くも消息不明。シベリアから帰還し、現地では自分より優先して帰すための係を任されていた。尊敬、信頼していると言っていた。本当に尊敬していた。
〇兵隊
予科練を志願した。操縦なしの訓練だったが、生きて帰ってこれて幸いと話してくれた。
〇入院
高熱にて入院し点滴を受ける。とろみ食になり回復に向かう。容態悪化し手術するも死亡した。できるだけ見舞いにでかけ、安心できるように寄り添ったが残念だった。
〇葬儀から納骨まで
葬儀は施設、監督人の意見を聞いて葬儀を進めた。火葬も監督人と相談しながら、無事終わらせることができた。火葬に必要な火葬許可証は、市役所に死亡届を提出し貰うことができる。なお、納骨は名刺にあったお寺が引き受けてくれた。
〇管理物件引渡し
遺産相続人に引き渡す。銀行通帳とキャッシュカード、各種カードは解約済み、各種通知(年金、税金、後期高齢者医療、介護保険、マイナンバー、企業年金)、死亡通知、現金も引き渡す。
支払いは病院、施設、福祉用具、葬儀、火葬場、後見監督費用、家裁提出費用があり、現金の準備が必要となる。現金を事前に引き出し、現金管理出納帳を作成して管理した。
病院の支払いには、事前に限度額認定証を提出した。
◎最後に
尊敬していたお兄さんが遺産相続し、“何とかしてくれると嬉しい”妹さんが用意したお墓に入ることができた。お寺さんにつながったのは、1枚の名刺からだった。
竹内さんには監督人としてのアドバイスはほとんどしていない気がします。竹内さんご自身で、S・Tさんへの聞き取りを進め、エンディングノートも自分で調べて作成していきました。税金の申告のやり直しも竹内さんが気付いて何年分か行いました。納骨に関しても、竹内さんが気付いたから本人の希望通りの納骨ができたものです。短い期間でしたが、後見人として本人のためにしっかり活動されました。
本当にこれからというところでお亡くなりになってしまいました。もう少し長くお付き合いしたかったですね。


監督人コメント